宮崎の地で教えられたこと。

  • 2020.07.04 Saturday
  • 14:37

JUGEMテーマ:日々のくらし

 

青島から宮崎市街地へ向かう道路には、1か所だけ、とても混むところがある。

朝の通勤時間帯、夕方の帰宅時間帯、車社会の宮崎は、混む時間帯が決まっている。

 

あれから、私は今の自分を客観的に見つめる様になった。時代が変わった。自分の周囲の環境が大きく変わった。変われたことを、むしろ歓迎して前へ力強く進んでいかなければならないのに、私の心のどこかで過去に出会った人たちや、場面と比較してしまうことがあった。”変化”に対して臆病になっているのだろうか。

 

彼からも、友人たちからも、宮崎の土地からも。。。私を取り囲む多くのものたちから、力をもらっている。自分の小さなプライドで身動きが取れなくなりそうだったのは、私の方ではないだろうか。色んな価値観があって、色んな生き方がある。色んな人がいる。色んな人がいていいのだ。

 

「Mさんは経済的には余裕があるかもしれないけれど、心に余裕がなくなってしまうときがある。僕にもMさんに与えられるものがある。」

 

そう。私の方が教えられることが、ある。

 

「人間は、みんな同じ。本来、平等なはずなのに。個性が違うだけなのに。なぜ優劣を付けるんだろう?」

「人間以外の他の生き物だって、すごいよ。みんな一生懸命に生きてる。世界は、人間が一番偉くて、人間が支配しているものじゃない。」

「なのに、人間は、よく分からない組織を作って、その中で勝手に優劣を付けたり上下関係を作ったりする。変なの。」

 

肌の色、国籍、性格、趣味、容姿、健康状態、言葉遣い、生活様式、習慣、食べ物、価値観、考え方、感情・・・すべてを含めて、その人の”個性”なのだ。

 

私が傷付くと、彼も傷付くという。私が哀しむと、彼も哀しいと言って泣く。私が心を閉ざすと、彼は居場所を失って部屋を出ていく。

 

私が笑顔で話しかけると、彼からも陽気な笑顔が返ってくる。私が哀しみを忘れようとすると、彼も何かを乗り越えたように見える。私が感謝すると、彼も「ありがとう。」と言う。私が部屋を掃除し始めると、彼もトイレ掃除を始める。

 

そういうものなのだろうか。過去の哀しみを乗り越え、侮辱を少しだけ許し、目の前の仕事を頑張って、日々の時間を大切にして生きようとしたとき、穏やかな日常が始まった。

 

問題は、すぐに解決するものでは、決してない。

 

けれど、彼は、私を毎日職場まで車で送ってくれ、そして、仕事が終わると車で迎えに来てくれる。家には、車が一台しかない。他人から見れば、きっと不便なことだろうが、不便な暮らしだからこそ、協力しなければならない時がある。そういった、時間の積み重ねは、人間同士の心の絆を少しずつ深めてくれるものではないだろうか。

 

宮崎に面白い看板がある。一番混む交差点に設置された看板だ。これは、笑える。キャバ嬢の看板が立ち並ぶ中、おっさんが化粧してキャバ嬢の真似をしてポーズをとっている看板だ。一番目立つ。看板を立てる目的が、人目を引くことだとしたら、大成功の看板だ。

 

宮崎に来て、私は、「許すこと」を教えられた。私は、まず、自分が「褒められること」や「尊敬されること」ではなく、「目の前にあることをコツコツやること」「自分ができる小さな貢献をすること」から始めようと思った。

 

 

 

 

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